「ただいまー!」
「お邪魔します。」
「おかえり誠也。いらっしゃい、コウジくん。」
誠也のお母さんは失礼な話し、少し地味な感じの女性だった。
美人ではなくて、可愛い系ではあるものの平凡な顔立ち。
誠也を女の人にしたら、多分こんな感じかな。
でも笑い方とかはすごくお淑やかで、これが人妻の魅力かと未知の体験をしてしまった。
え?誠也も俺と結婚したらこんな色気出るの?ヤバくない?外に出せなくなりそう。
「手土産も持たず申し訳ないです。お招きありがとうございます。」
「あら!いいのよ気にしなくて!こっちこそごめんなさいね、どうしても気になっちゃって。」
気になる、とは一体どういう意味でだろうが。
誠也に対して健全とは言い難い感情を抱いている身としては、なんだか尋問されている気分になってしまう。
ニコニコと外面専用の笑顔を浮かべながら探ろうとするも、やはり人生経験の差には敵わない。
特に探れた感情もなく、早く早くと急かす誠也に背中を押されて誠也の部屋に向かうこととなった。
「どうぞ!」
「お邪魔します。」
ドヤ顔にも似た表情で誠也は部屋へ案内する。
可愛いなぁ、本当に可愛いなぁ思いながらと部屋に入って呼吸をした瞬間、やっぱりトイレに行けば良かったと後悔した。
当たり前な話だが、部屋中いっぱい誠也の匂いするヤバい。
もう言わなくても分かるくらい尋常じゃなく、勃った。
火曜日の俺の家に居る誠也ってのもヤバかったけど、誠也は俺の気持ちなんてその時知らなかったからなんとか我慢できた。
友情を裏切るのは宜しくないぞと、言い聞かせて宥めれた。
けど今日は勝手が違う。
誠也の家、それも誠也の部屋という誠也のナワバリに、懸想をしていると分かっている俺を招き入れた。
これはもう、金曜日と言わずに期待して良いのでは?
「コウジ、何して遊ぶ?」
ですよねー!
キラキラとした瞳でゲームソフトとBlu-rayを持っている誠也に、いっそ安堵の息が込み上げてくる。
あ、誠也が持ってるBlu-ray、この間ゲーセンで欲しがってたキャラクターのやつだ。
劇場版って書いてあるって事は………
「それ、映画あったんだ。」
「そう!めちゃくちゃ面白かったんだ!」
アニメ映画とかはわりとよく観るけど、こういうキャラクター物にも映画があるんだって事にも驚きだし、ストーリーとかどうなるんだという興味も無い訳ではない。
寧ろこれを観て誠也の好きなキャラクターが分かれば、明日ゲーセンで狙う獲物が分かるからサプライズ的なことも出来なくもない………。
「へぇ。じゃあこれ一緒に観ようか。」
「うん!ありがとう!」
ありがとうはこっちのセリフなんだけどなと思いつつ、誠也がBlu-rayをセットするために背中を向けたのを幸いに部屋中を見渡す。
余程あのキャラクターが好きなのか、ぬいぐるみとか机に置いてあるペン立てとかは全部キャラ物ではあるものの、
全キャラが載っているタイプのばかりで一番好きなキャラクターが誰なのか分からない。
全員が好きなのかなとも思うが、あの日何かのキャラクターを指そうとしていた筈だ。
カサハラが乱入しなきゃ聞けたのに………クソが。
「誠也ー、飲み物持ってきたわよー。」
そんなことを考えていると、軽快なノックの音と共に誠也のお母さんがひょっこりと顔を覗かせた。
その手には大きめの紙コップが二つとコーラが乗ったトレーが。
どうやら映画を観ようとしていたのは丸分かりだったらしい。
「ありがとうー、あ!」
「誠也?」
「どうしたの?」
「この間のポップコーン!今回もやる!」
嬉しそうにそのトレーを受け取ったかと思えば、ミニテーブルの上に置いてそう言って駆け出して行った。
どうやらこの間のカップ入りポップコーンがたいそうお気に召したらしい。
思いつきでやってみたけどカップ入りジュースと並べるとそれっぽい気分なれたもんな。
「………あの子があんなに楽しそうにしているの、久しぶりに見たわ。」
微笑ましくなって誠也が駆けて行った方向をいつまでも見ていると、誠也のお母さんがポツリと言葉を零した。
やはり気付いていたんだろう。
でも誠也はきっと何も言ってない筈だ。
心配かけたくないからと。
言われない方が心配になるなんて思わずに、痛みを隠して気丈に笑ったんだろう。
「こういう事、本来ならば隠しておくべきなんでしょうけど。」
「なに?」
「俺、誠也くんのことが恋愛感情的な意味で好きで、口説いてる最中です。」
俺がそう言えば、誠也のお母さんは先程と違い警戒する色で俺を見つめた。
それはそうだろう。
息子が同性愛に巻き込まれるなんて、きっと世間一般な親としては避けたいことだ。
でも彼女の目に嫌悪感はない。
だから俺は誠也が居ない隙に、本格的に外堀を埋めようと思った。
「誠也くんが俺をそういう意味で好いてくれているのかは分かりません。
俺の気持ちは知っていてくれてるけど、今はまだ、俺の一方的な片想いです。報われても、誠也くんを幸せにできるかすら分かりません。」
「………正直に言うのね。」
「言うて子供ですから。大人から見れば所詮高校生の戯言だって、分かってます。」
理想論ならば、いくらでも掲げられる。
でも親として欲しいのはそんな机上の空論なんかじゃなくて、もっと現実的な話だろう。
男女間の恋愛でも高校生の恋だなんて軽く見られるものなんだ。
同性愛ならば尚更。
気の所為だと、一蹴されて終わるのが関の山。
「でも俺は、誠也くんにもう我慢したり傷付いたりして欲しくないんです。その為の努力を、重ねていきたい。」
でも限界はある。
子供だから。
どうしても子供だから、できない事の方が多過ぎて苦しくなる。
けれどそのできない事を無理に成そうとした所で、結果的に誠也が傷付いてしまうのならば何の意味も持たない。
「世間一般ではない事は、許されないことなのかもしません。でも、協力して欲しいんです。」
「協力?」
「誠也と幸せになる為の正しい努力の方向を、一緒に考えて欲しいんです。」
幸せにできないのならば諦めろと、親ならば言うだろう。
わざわざ自分の子供を、茨の道で歩かせたりなんかしたくない。
過去にとても傷付いていたのならば尚更。
それでも俺は、誠也を諦めるだなんて絶対にしたくなかった。
「傲慢ね」
「自分でもそうだと思います。でも俺は、高校生だからとか男だからとか、
そんな理由で誠也を諦めることなんて絶対にしたくないんです。それは間違えてると思うから。」
傍に居たい、甘やかしたい。
一緒に、生きていて欲しい。
ジェンダー論だのなんだのと騒がれる昨今、それでも同性愛には批判的な意見が殆どだ。
本当に受け入れてくれる人なんて、極僅かだ。
「俺を受け入れて欲しい訳ではないんです。ただ、もしも。
もしも誠也が俺を選んだとしても、ご両親には誠也の味方で居て欲しいんです。」
しっかり目を合わせ、ゆっくりと土下座する。
説得力も何も無い俺ができることなんて、この位でしかない。
ただのパフォーマンスだと、一蹴されればそれでお終いだ。
「俺が言うのは筋違いだと理解しています。でも俺は少しでも、誠也の憂いを断ちたい。」
明日を迎えて報われても、いつかきっと誠也は【家族】という現実に苦しむだろう。
そうなった時に、誠也を無駄に苦しめたくない。
悲しませたくもなかった。
「お願いします………!」
「ねぇ、コウジくん。」
「はい………」
「今日、泊まっていかない?」
「はい?」
顔を上げて良いなんて言われてないけれど、誠也のお母さんに言われた言葉が意味が分からなくて思わず顔を上げてしまった。
そこには先程までとは違う、優しい笑みを浮かべた彼女が居た………。
「誠也の話聞いていてね、そういう事じゃないかなって主人も私も気付いてたの。
だから誠也から言われたら受け入れようねって、話してたんだけど………コウジくんより私達の方が、軽く考えてたみたい。」
困ったように、誠也のお母さんは笑った。
それと同時にバタバタと忙しない足音が聞こえる。
恐らくはポップコーンの準備が終わった誠也だろう。
多分、あの子のことだからトレーとか使ってないだろうから迎えに行かないと零してしまいそうだ。
「だからね。今日は擦り合わせをしましょう。私達にも教えて欲しいの。コウジくんの考えとか、覚悟とか。」
「ただいまー!ポップコーン持ってきた!」
よろしくね、と彼女が言ったのと誠也が部屋に戻ってきたのはほぼ同時だった。
案の定、両手で持っただけのポップコーンは振動に耐えきれず上の方がいくつか落ちて行った。
「誠也………アンタ映画観る前にちゃんとポップコーン片付けなさい」
「えー!」
「コウジくん今日は泊まっていってくれるから、時間はあるわよ。」
自分の都合がいい様に、物事が進んでいっている気がする。
こうなると不安になってしまうのも、些か仕方のないことだろう。
もしかしたら夢なのかもしれない。
誠也の喜ぶ声と、お父さんのパジャマ貸してあげるからねという朗らかな声が聞こえる。
現実………で合ってるんだよな?
これが夢なら俺はもう、死んでしまうかもしれない。
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