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「ねぇ、今日は隣良い?」

そう思っていたのに、奇跡というのは要不要に関わらずわりと平等に起きるらしい。
食堂での出来事から一週間経ったある日、
今日は一人でのんびりピクニック気分で弁当食べようと中庭の隅にあるお気に入りのベンチに座っていると、あの時のイケメンに声をかけられた。
思わず周りを見渡してみるも、ここに居るのは俺一人だけ。
人気が少なくて一人になりたい時にピッタリの場所だったから、イケメンももしかしたら一人になりたかったのかもしれない。

「良いですよ、どうぞ。」
「ありがと………って待って待って待って!」

穴場ポイントは他にも幾つか知っているから、今日はこのイケメンに譲ろうと腰を上げれば慌てた様子で腕を掴んで止められる。
え?なんで―――

「えっと、どこ行くの?」
「どこって………まぁ適当に。座りたかったんですよね、どうぞ。」
「違っ………わないけど、待って。行かなくて良くない?一緒に食べよ?ね?」

手を離して欲しいのに、寧ろ無理矢理ベンチに座らされてしまう。
彼は何がやりたいんだろうか。
もしかしてカツアゲ?
でもそういう雰囲気には見えない………何かに焦っているようには見えるけれど。

「あの………手を………」
「あ!ごめん、痛かった?」

イケメンの言葉に、首を横に振る。
痛い訳ではなかった。
ただ恥ずかしくて、なんだか熱を持っているみたいだったから離して欲しかっただけ。
そこまでは流石に言えなくて離して欲しいとだけ伝えれば、イケメンは何故か何が言いたげな表情でゆっくりと手を離してくれた。
それはありがたいけれど、なんだかこのまま立ち去れる雰囲気でもなくて。
仕方ないのでもう一度膝の上に今日の弁当を広げた。

弁当は自作だ。
ワケアリの子達ばかりが集まる学生用シェアハウスが今の俺の居場所なのだが、
素行の悪い子が集まらないようにする為かオーナーからの入居前の面接みたいなやつも結構厳しかったし、家賃もちょっとお高めだ。
性自認した頃から貯めてた貯金はあるので無理をする必要は無いが、それでもバイトして節約弁当を自作して貯蓄に余裕を持たせたかった。
独りで生きていくには、金が要る。

「美味しそう。」
「えっ………」

ポツリと聞こえた声に思わず顔を上げて、声が聞こえた方を見る。
イケメンがコンビニの惣菜パンを握りしめながら、俺の弁当をガン見していた。
飢えているのだろうか………パンはカロリー高いけど腹持ち悪いから………

「えっと、食べます?」
「えっ!?あ、ごめん!そういうつもりで言った訳じゃなくて………!」

ぐぅぅうと、イケメンのお腹から元気の良い音が聞こえた。
イケメンも腹空かせるし、イケメンも腹の虫が鳴くんだな。
当たり前のことなのに、なんだかとってもおかしくて、俺は思わず口元に笑みを浮かべてしまった。

「どうぞ。俺が作ったので口に合うかは分かりませんが、今日ちょっと多目に作ってしまったので貰って頂けるとありがたいです。」

押し付けがましいかな?
素人の男の手料理とかやっぱり嫌かな?
ドキドキしながら蓋におかずを少しずつ入れて、箸を落としたとき用にいつも持ち歩いている割り箸と一緒に渡した。

「ほんとに良いの………?」
「あ、無理にって訳じゃなくて………ごめんなさい、嫌でしたよね。」

ジッと強い瞳で見つめられて、調子に乗り過ぎたかと慌てておかずと箸を引っ込める。
そもそもわざわざ俺が分けなくても、彼みたいに美しい人ならいろんな人が分けてくれるだろう。
やっぱりイケメンの隣はダメだな、移動しよう。

「そうじゃなくて!ごめん、あの、実は俺今ちょっと金欠で腹空かせてて………分けてもらえると嬉しいです。」

申し訳なさそうに言う彼に、気を使わせてしまったかと後悔する。
そうだよな、こんな言い方したら気を使うよな。
本当に申し訳ないと思いながら、でもここで俺が受け取らなくて大丈夫ですなんて言うのも変な話なので再びおかずと箸を渡す。
口に合わなかったら気にしないで残して欲しいと言うのは忘れずに。

「………っ!マジで美味い!これ本当に君が作ったの?」
「そうだよ、ありがとう。」

この人お世辞上手いな。
やっぱりイケメン陽キャは気遣い完璧なんだよなぁ、女の子が勘違いしたりするのもよく分かる。
美味い美味いって言いながら手料理食べてもらえたら、嬉しいし幸せな気持ちになるよな。

「前に食堂で会った時もお弁当作ってたよね。」
「うん、節約中だから毎日作ってる。」

どうやったら不快に思われずに済むのだろうか。
言葉も仕草も探りながらだから、すぐに会話が途切れてしまう。
………気まずい。
俺から何か話題出した方がいいのだろうか、それとも黙っておくべきか?
門倉と東雲と一緒の時はこんな風に思わなかった。
高校の頃、まだあの人を好きになる前も。

「ご馳走様でした!マジで美味かった。」

ふわりと笑って、彼はそう言った。
絵本の中の王子様と、同じキラキラと眩しい笑顔。
返される弁当の蓋を受け取って、俺も弁当箱の最後の一口を口の中に放り込んだ。

「お粗末様でした。口に合ったのなら何よりです。」

お世辞に決まってるだろうなと思いながら、こちらも形式通りの返事をする。
やっとこの場から離れられる。
イケメンの隣なんて緊張しかしない。
でもなんか黙って席を立つのもよくないのか?
どうしたら………

「芦谷ー!あーしーや!やっぱりここだったか!」

そう思っていたら、講義で何かとペアを組ませられる屋宜舘(やぎしろ)が大声で俺を呼びながらこっちへ向かって来た。
何か用事があるらしい。
面倒事かもしれないけれど、正直助かった。

「呼ばれてるので、それじゃあ」
「うん、またね」

イケメンが手を振る。
またなんて無いクセに、思わせ振りな仕草が似合うなぁと感心してしまう。
手は振り返さずに会釈だけして、弁当袋に適当に弁当箱を詰めると俺は屋宜舘のもとへ向かった。

「どうした?」
「次の講義のことで用があったんだけど………びっくりした、お前秋元と知り合いなのか?」
「あきもと?誰それ。」

知らない名前に眉を顰めながら、はなしのながれてきにあのイケメンかと気付く。
あきもとって言うのかあの人………屋宜舘並に読みも漢字も珍しい苗字持ってそうって勝手に思ってしまった。

「女好きで有名な秋元燎平(あきもとりょうへい)だよ。友人なのかと思ったけど、その反応的にそうじゃないのね。」
「まさか!今日たまたま飯分けてあげただけの人だよ。」

俺なんかが友人とか、烏滸がましいにも程があるだろ。
たまたま会っただけの、知らない人。
あの王子様にとっての俺はその程度の存在だ。



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